モスクワで就職!? その7
こんなにも1日が長いなんて・・・
しかも明日は8時出勤。
出勤時間は同僚たちと相談して割り振るのだが、10時半から19時までの時もあれば、9時から16時半だったり、14時半から21時までという日もあった。
ただし、時間計算なので残業代もしっかり出る仕組みではある。
ロシアには銀行口座を持ちたくないので、基本的にドイツの銀行に振り込んでもらい、後はルーブル立てで手渡ししてもらうようにすることにした。
そんなわけで1ヶ月に1度は3から4連休にして、ベルリンに戻っていた。
モスクワで仕事をして生活する、ということは自分が想像していた以上に大変で、たまにベルリンに帰らないと息が詰まるというか、色んな意味でバランスが取れなかったのだ。
案の定、水が合わなかったのかストレスのせいなのか、身体も付いて行かず初めの1週間で何と5キロも痩せてしまった。滅多な事では体重には響かないタイプなので、これはマズいんじゃないかと。ただ、何が安心かというとそんな時でもすぐに診てもらって薬を出してもらえることだ。
これがないとモスクワで働く気にはなれなかったかもしれない。ただ、受付にいる人間が病気では意味がないので、風邪もオチオチ引いていられないのは事実である。
しかし普通の人間であれば、慣れないモスクワの冬の寒さに耐えられるはずもなく、西側のドクターもよく病欠届けを出して休んでいるようで、ある意味ホッとさせられた。寒さが尋常ではないのだ。
毎日、朝から晩まで緊張の連続、そして自宅では医学用語という不慣れな言葉との格闘を続けていたが、唯一自分の役割というか受付にいる意味は、日本人の患者さんたちがクリニックに来る時だったのではないかと思う。
「こんにちは!」
と日本語で挨拶すると、大抵の日本人は一瞬「あれ?」という顔をし、次の瞬間にはぱーっと笑みを浮かべてこちらに挨拶を返してくれた。「日本人の方ですか?」と嬉しそうに色々話をしてくれる患者さんもいた。モスクワの支社に赴任している人、特派員、大使館員、留学生などが主な患者さんだったが、やはり身体の弱っている時は精神的にも弱くなるし、モスクワで生活している日本人にとっては、病院に来た時に無愛想なロシア人の受付よりも、日本語の出来る日本人がいる方が誰だって嬉しいし安心するのである。特に冬は寒さから来る風邪と道が滑るのとで骨折の患者さんが多かった。
アメリカ人のドクター(内科医及び内分泌内科医)が二人いたのだが、彼らが口を揃えて言ったことが、これ。「ロシア人の女性は受付でにこっともしない。あれはどうにも理解できないよ。それに比べて君の笑顔は最高だね!」
確かにロシア人というのは、お店の店員ひとりとっても「あんた私に何か用?」くらいの勢いで無愛想である。ミネラルウォーターを買うだけでもケンカ腰になる。「何か用かとは何だ!水が欲しいって言ってるんだから早くよこせ!」的な展開にあの対応だと成らざるを得ない。下手に出るといつまでたっても水をゲット出来ないのである。それを外国人の多いクリニックでやるのは法外だし(勿論、店員ほどひどくはないにせよ)患者さんの気持ちになれば笑顔で対応するのは基本である。これくらいのことは日本人であれば言われなくても自然に分かる。日本はサービスの国だが、日本とロシアでは天と地ほどの差がある。
逆に、ロシア人の彼女らの立場になってみると仕事も生活もキツい、給料も少ない(現地スタッフはそんなにもらっていないことが判明)、訳のわからない日本人が来て腹立たしい(?)、と色々大変なのであろう。出来れば外国人のドクターと結婚してモスクワからとっととヨーロッパ(西欧)に移住したいというのが大方の本音のようだ。彼女たちも彼女らなりに大変なのだ。向こうにしてみれば、日本人がドイツのベルリンからわざわざモスクワまでやって来て仕事がしたいなんて気違い沙汰なのである。まあ、確かにそれはそうかもしれない。経験を積むためにわざわざモスクワまで来るなんて、ある意味馬鹿げているのかもしれない。選択出来る自由というのはそういうことだ。そして、彼女らにはある意味、「馬鹿馬鹿しいことを敢えてする」という自由がない。
不規則な出勤時間と不慣れな仕事。そしてモスクヴィッチの自宅訪問の応酬。これらを全部こなすのは到底無理難題である。彼らは電話もよこさず、何時でも家のベルを鳴らす。これにはホトホト参ってしまった。参っているだけではなく、本気で頭に来る様になり、「頼むから電話くらい来る前にしてくれないか。」と言うことにした。その内、訪問客の足は途絶えたのだが、ベルリナーに比べ、モスクヴィッチには他人の生活を尊重するという姿勢が皆無である。自分が気の向いた時に友人を訪れる、というのは普通のことなのである。カルチャーと言ってもいいかもしれない。定職に就いている人間が周りに少なかったのも原因かもしれないが、実際に仕事を持って生活する、ということになると遊びに来ている時とは違い、そうそう彼らのペースに合わせてもいられなくなる。そのことをまず理解してもらうのが大変だった。そんな訳でてっきり二人暮らしをするんだ、と思い込んでいたカプチョーニにも「ひとりにしてくれ。」と言い渡す事になる。
今から思えば、何から何まで新しい事だらけで、マイペースを保つのが相当大変だったんだろうと思う。何と言っても、海外初就職だったわけで、しかも初の日本人採用で後は全て外国人という環境だった。
ところが、アメリカ人のクリニックマネージャーが移動になり、南アフリカから新しいクリニックマネージャーが来る事になったのである。
<その8へ続く>
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by zaichik49
| 2008-09-07 21:09
| モスクワ
ベルリン在住、ベルリナーによるモスクワ体験記も一段落。今後も気になるロシアや現在のベルリン生活の中で想うことをつらつら書いていこうと思います。
by zaichik49
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2009年9月29日に長女を出産しました。タグの「妊娠」にて妊娠覚え書きをまとめてみましたので、また覗いて見てください。
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