モスクワで就職!? その10


そしてとうとう、南アフリカから白人のクリニックマネージャーがやって来た。最悪なことに、一目見た瞬間に生理的に受け付けないタイプであることが判明したのである。

(あっちゃー、これは前途多難だな・・・)

案の定、彼女は受付をちらっと見るなり、こう言い放ったではないか。

「あら、どうして受付に外国人がいるのかしら?」

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しかし、生活がかかっているロシア人は自分を守ることに徹するので、とにかくその威圧的な態度の、正直いけ好かないマネージャーに諂うばかり。
そう言えば、一度何かの場面で彼女につかつか歩み寄り、正面切って「先ほどのご意見には賛成出来ないのですが。」みたいなことを言い放ったことがあるのだが、その瞬間周囲にいたロシア人看護婦らの顔面は引きつり、その場が凍り付いたような気がしたものだ。そして彼女が去った後に口を揃えて彼らはこう言うではないか。「何であんなこと言っちゃったの?」と。ある意味、主張しないとやって行けないドイツ流になっているのである。

マネージャーが変わっただけで、クリニックはこんな風にいとも簡単に権威主義的な空間と化してしまった。ここで語弊を恐れずに敢えて言えば、さすが南アフリカ、しかも白人と言えばアパルトヘイトが法制化されていたような国だからなのか、彼女が目の敵にしたのは、まず受付にいる外国人だった。そしてそれを庇おうと働きかけたアメリカ人のドクターにもしわ寄せが。

こちらとしてみれば、ロシア語能力は不十分だからという理由で受付業務は断ったにもかかわらず日本人患者のためにも是非採用したいというので、ベルリンからわざわざモスクワに引っ越しまでしたという経緯がある。その上、慣れない医学用語と四面楚歌な職場で戦う毎日だったというのに、3ヶ月も経たないうちにクリニックマネージャーが別の人間になったということだけで、クリニック自体の方針が180度変わるという事態に直面してしまったというわけだ。タイミングが悪いとはまさにこういうことを言うのだ。

さすがにこの状況を踏まえると、彼女のやり方に笑顔で対処できるわけがない。

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結果、若さ故(?)の宣戦布告ということになる。

「ロシア語の不十分さは了解の上で半年の猶予を貰い、受付業務にも配置されたのです。それを後で来た貴方に文句を言われても納得できません。それに貴方だってロシア語が全く話せないじゃありませんか。受付に外国人など絶対に必要ないとお考えであれば仕方ありません、そこまでして残りたいとも思いません。ただし、ある日本人患者さんのために残りの数ヶ月は通わせて貰うのが条件ですが。それだけは何と言われおうと譲れません。クリニックのマネージャーならば、患者さんのことを第一に考えて頂けますか。」と。

アメリカ人のドクターふたりにマネージャーは私のことが気に入らないらしい、と伝えると、「何てことだ!首にする何てあり得ない事だよ!!エリアマネージャーに直談判してみるよ。」と熱くなる年配ドクター。そして、「そんなことになっちゃったの?ベルリンに帰る事にしたの??モスクワに何とか残れないのかな?」と珍しく顔色を変えて心配そうなNASAマン。

それだけで、もう十分だった。
もうやれるだけのことはやったのだ。
何とでもなれ、だ。

クリニックを訪れる日本人の中には大使館職員の方もいて、「もしまだモスクワで働きたいということであれば、一度いらして下さい」と言って頂いた。丁度、ひとつ席が空くというのである。そして、面接の際にその方は仕事内容の説明をとてもストレートな言葉で伝えてくれたのだ。「でも、ロシア語は全く必要ないですし、業務内容も事務用品の注文など備品の補充などですから、どちらかと言えば退屈かもしれません。私は、ベルリンに戻られた方が色んな意味でも本当に良いのではないかと思いますよ。」

その一言がきっかけで何かが自分の中ではっきりした。

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「帰ろう、もうベルリンに帰ろう。」

心の底からそう思った。思えば境界線上でぐらぐらしている時期が長過ぎたのだ。ロシアとドイツの。モスクワとベルリンの。

そして何とそのタイミングで、モスクヴィッチは「二人で生活がしたいんだ、ずっと。」と言ったのだ。それを聞いた瞬間に「いやだ、もう十分だ。ベルリンに帰る。」とモスクワの路上で叫んでいた自分が信じられなかった。

何かがそこで壊れてしまったのだ。多分。ずーっと努力して来たのだ。ロシアを理解しようと。ロシア人を理解しようと。ロシア語を理解しようと。でも、最後の最後でもうその力が残っていなかった。空っぽだったのだ。ある意味、どこかで自分を守ろうとしたんだとも思う。野性の感のようなもの。ここに残っちゃだめだ。帰らなくちゃ。

ベルリンに帰る。

そうして、このたかだか半年程度のモスクワでの就職がきっかけで、モスクワの全てにあっと言う間にピリオドが打たれたのだ。短かったけれど、まるで永遠のように思える時間だった。

いつもどこかで、きっかけを待っていたんだろうとも思う。

<まだ続きます>

*写真提供: 325


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by zaichik49 | 2008-09-16 05:35 | モスクワ


ベルリン在住、ベルリナーによるモスクワ体験記も一段落。今後も気になるロシアや現在のベルリン生活の中で想うことをつらつら書いていこうと思います。


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2009年9月29日に長女を出産しました。タグの「妊娠」にて妊娠覚え書きをまとめてみましたので、また覗いて見てください。

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