カテゴリ:ロシア( 4 )

ロシアのおっかさん


昨日、昼過ぎに知人から電話を受けた。

「Privet!」

ン?ロシア語??と2秒くらい考えた後、声の主に思い当たる。

「あ、マキシム? もう着いたの??」

そう。かなり久しぶりにロシア語を聞いて少し戸惑ったのだ。
マキシム一家に会うのは6年振りくらいになるだろうか。
メールで近々ベルリンで年を越すので会えたら良いね、という連絡は貰っていたのだが、
彼らのいいところは形式的な挨拶だけではなく、着いたら本当にすぐに連絡をくれるところかもしれない。

それにしてもマキシムとモスクワで知り合ったのは95年だから、随分長い付き合いになる。
カプチョーニと同じアパートの上階に住んでいたナターシャとマキシムが付き合っていた頃に近所のよしみで知り合ったのだが、今では別のナターシャとの間に2歳の息子を授かっている。この2歳のキムはおっぱい星人を不思議そうに眺めていた。名前を聞いて「ルナ?」と空を見上げたり。「ルナ(луна=luna)」はロシア語でも月という意味で、キムがママ、パパというよりも先に初めて話した言葉がルナなんだそうだ。

既に14歳になったイゴールはナターシャの最初の子供で、彼がまだ8歳くらいの頃に一度みんなでダーチェに行ってわいわい遊んだこともまだ記憶に新しい。子供の成長は驚く程早い。(リンク先の上から5番目の写真が当時のイゴール)

とにかく、分かり易い場所ということでハーケッシャーマルクトの駅前広場で落ち合う事になった。
いつもの如く、少し早めに家を出て思ったより冷えの厳しい中、広場へ向かう。
勿論、おっぱい星人をバギーに乗せて。
約束の時間になっても彼らが現れないので、その辺をウロウロするものの、バギーごとお店の中に入るのも億劫だし、余りにも寒いので駅のすぐ側のカフェで暖を取る事にした。彼らの携帯番号も持っていないし、会えなければ仕方ないか、くらいの気持ちで。ロシア人とフランス人の友人には待たされてばかりのような気がするが、そんなことイチイチ気にしていてもこれまた仕方ないのである。

ちらちら窓の外を見ながらチャイを飲んでいると、馴染みの顔ぶれを見つけた。

「マキシム!ここ、ここ!!」

カフェの扉を開けて彼らを呼び止めることが出来た。
ただでさえ小さな駅前のカフェが急に賑やかになる。

それまで固い表情だったお店の男性もロシア語やら日本語やらが飛び交う中、柔らかい表情になったのが印象的だった。ナターシャがたどたどしい英語で飲み物を注文。

「シュガー?あ、サハラね。ハウマッチ???どのくらいシュガーを入れますか、だって。みんなどうする?」

などなど。6年のブランクは微塵も感じさせないのが不思議。
子供は分かり易く成長しているが、大人は見えない所で成長するものなのかもしれない。

「昔程、実験的な生活スタイルを求めなくなった。」

とマキシム。マキシムもナターシャもアートに携わっている人たちで、マキシムは最近では学校でIT関連の授業も持っているんだとか。モスクワのビエンナーレでは出展もするそうで、相変わらず精力的に活動している模様。ナターシャも定期的に展覧会に参加しているそうだ。ベルリンでeBoyに会えれば面白いかもね、という話になった。

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2時間程の外出を予定していたのが、結局はその後寒い中、連邦議事堂まで歩くことになり、せっかくだからドームも見て行こうということに。そこに至るまでの道中がこれまた面白かった。おっぱい星人が途中で少しひんひん泣き出すと、ナターシャが

「寒いから抱っこしてあげた方が良いよ。バギーはこんなに寒いと良くない、良くない。私はモスクワではいつもスリングで移動してたよ。」

と、おくるみの毛布を使って私にスリング風に星人を結わえ付け始めたのである。こういうところが肝っ玉母さんというか、ロシアを感じるのだ。

「もう何でも聞いてね。随分本も読んだし、大抵のことは経験上分かってるから。」

これまた心強い。議事堂内のケーファーというカフェでトイレに行こうとすると、おむつ替えるんだったら手伝ってあげる!とこれまた同行。移動中もイゴールが空いたバギーを押してくれたりと、自然に小さな家族のようになるのである。

あー、懐かしい。この感じ。
私がロシア人を愛おしく思って止まないのはこういう親密な空気が自然に出来上がるところなのかもしれない。

そして、この日は案の定寒さにブルブル震えながら、クタクタになって帰途に着いたのである(笑)。

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by zaichik49 | 2009-12-30 17:52 | ロシア

ロシアの冬


前回の「長い嘆き」と呼ばれた陸橋の写真に続き、部屋の整理中に出て来た写真がこちら。

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「ロシアでの年越し」と題して、ロシアのプスコフでの年越しについて以前書いたことがあるのだが、その時に撮影した写真である。

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あの時は本当に何の変哲もない自然が恐ろしいほど美しく神秘的にさえ見えたものだった。
ロシアは本当に冬が良く似合う。

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by zaichik49 | 2009-08-29 04:16 | ロシア

滅びの都


毎回、日本に帰国する前に購入したい書籍をリストアップするようにしているが、去年11月に購入した本の中で一番印象に残ったのがこちらである。

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滅びの都 (群像社ライブラリー)
アルカージイ・ストルガツキイ (著), ボリス・ ストルガツキイ (著), 佐藤 祥子 (翻訳)

全人民の幸福を実現する実験のため「都市」では国家を捨てた人間たちが世界中から集まり働いている。人工太陽が明滅する「都市」の内部では、労働する人間に進化するはずのサルの群れが暴れ、赤い館に入った住民の連続失踪事件が起こり、急進改革派はクーデタで起死回生をはかる—。ごみ収集員から大統領補佐官にのぼりつめたロシア人アンドレイと過去の文書を読みふけるユダヤ人カツマンの都市=地獄めぐりを軸に、全体主義のイメージを脳裏にきざみこむストルガツキイ兄弟最期の長編。


アマゾンのサイトでタルコフスキー→ストーカーの順でヒットしたのが上記のSF作品だった。

さて、このストルガツキイ兄弟であるが、二人組のSF作家で兄アルカージイは日本文学者、弟のボリスは天文学者でもある。1957年から兄弟合作の形でSF小説を発表し始めた。彼らの創作活動は<現代を把握するためのモデルづくり>であり、その鋭い社会的姿勢は、しばしばソビエト体制と衝突した。発禁になった著書も何冊かある。

ロシアの作家の作品には難解なものが多いが、この物語もその類に漏れずかなり複雑な内容になっている。幸い、日本語訳があり親切な解説付きということで、ある程度までは筋書きが追えたが、それにしても随分と込み入った話ではあった。それにも関わらず、久しぶりに一気に終わりまで読んでしまえたのが他の難解な本とは違うところだ。

1996年にボリス・ストルガツキイがサンクト・ペテルブルクにて記した、日本の読者に対するまえがきから一部を抜粋してみよう。この物語が描かれた時代背景が少しは伝わるのではないかと思う。

 この小説が書かれたのは、実に気の遠くなるほど昔のことである! 小説に描かれた時代と人間たちも、作者の構想が生まれ、熟し、作品になった国ももはや何も残っていない。

 われわれが作品の構想を練りはじめたのは1968年で、この小説がわれわれの存命中に発表されることがまずありえないことは最初から分かっていた。以下がわれわれの計画だった。書きあげ、3−4部タイプしてからそれをいろんな出版所と編集部に送るー出版するためではなく、人に読んでもらうためである。さらに、ああした状況下ではつねに「自己増殖」が起こるということを経験上、知っていたーコピーの枚数は幾何級数的に増え、読者の数が幾何級数的に増えていくと。

 しかし、このささやかな計画が陽の目を見ないことは、すでに70年代初頭にはっきりした。この作品はわが国でたんに「通らない」だけではすまないことになった。危険ということになったのである。これを手放すわけにはいかなかった。勝手に泳がせたなら、編集部に渡るのでも出版所に渡るのでもなく、以前ワシーリイ・グロスマン*の小説に起きたように作品が差し押さえられる恐れがあったのだ。
(中略)
 ロシアの読者も含め、現代の読者は、当時のわれわれの危惧をもはや理解できまい。今の読者は「通らない小説」が何のことかまったく分からないし、検閲が何なのかも知らない。ソヴィエト・コミュニズムとドイツ・ファシズムが驚くほど似ているというかつての反逆思想も、腹いっぱい食べられる社会イコール幸せな社会では決してないというかつて禁じられていた考えも、(中略)今の読者には常識になっている。


このまえがきの中で過去を振り返りながらも、ボリス・ストルガツキイはこの小説が現代の読者にとって切実な問題性を失っていないのではないか、と述べている。何のために生きるのか?われわれの世界はどこへ行くのか?そしてそれはどうなるべきか?またわれわれはどうなるべきか?日本の読者も同じような問題を立て、それになんらかのかたちで答えざるをえないのではないか、と。
SF作家にはいつも先見の明があるように思えてならない。

そして、いつの時代にも問題の核にあるのはこのように何か普遍的なものなのかもしれない。

*グロースマン(Vasilii Semyonovich Grossman, 1905-64)
作家。ウクライナの生まれ。モスクワ大学理数学部を卒業後、科学技師として働く。1934年に処女作「グリュカウフ」。同年発表の「ベルディチェフ市」でゴーリキーに認められる。戦後すぐに発表した戯曲「ピタゴラス派を信ずると」(1952)は厳しい批判を受け、未完の長篇「正義のために」(1952)は思想的誤謬を含んだ作品と攻撃された。

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by zaichik49 | 2009-04-20 02:02 | ロシア

ノスタルジア


ロシアの巨匠タルコフスキーの作品に「ノスタルジア」という映画がある。この作品の中では、ロシア人の精神性である「故郷への希求」、所謂「ノスタルジア」が映像として具現化されており、その想いの深さに愕然とさせられる。
この「ノスタルジア」を考えるとき、知人のロシア人を大きく二つのグループに分けることが出来るような気がする。

まず、自分の国に何らかの理由で愛想を尽かし、他所の国で暮らしている比較的要領の良いロシア人たちだ。ベルリンで知り合うロシア人にはやはりこのタイプが多い。

次に、ロシアを離れて他所の土地に同化する事がどうしても出来ない典型的なロシア人。モスクワの友人たちの多くがこちらに当てはまる。

タルコフスキーが「ノスタルジア」の中で描いているのは勿論、後の典型的ロシア人である。この映画はタルコフスキーが初めてソ連国外で撮影した作品でもあり、彼自身がイタリアで心の底から感じたであろう祖国への想いが込められている。

自伝の中でタルコフスキーはこう述べている。
「私はこの映画の中で我々の国民性とも言える精神状態、
我々が故郷から遠く離れた際に生じるロシア的なノスタルジアについて述べたかったのだ。ロシア人の運命的な国民性の根本、その過去と文化、故郷の地、友人や親戚について、そして一生涯そこから抜け出る事のできないそれらとの深い結びつきについて語りたかった。ロシア人は西側の人間が言うところの「良くない移民」なのだ。どうすれば「ノスタルジア」の撮影中に映画の中で一貫して存在するこのようなずしりと重く逃げ道のない悲しみに自分がいずれ陥る事になるなどと予想できたであろう?」

彼自身がいずれ身を持って、死に至る病いに近いとさえ言える
ロシア的「ノスタルジア」を経験することになるのである。

この彼ら特有のノスタルジア、自国に対する深い愛情、想いは不思議な事に伝染するほど強いようだ。と言うのも、ここ数年モスクワに足を運んでいないものの、たまにとても深いところで傷が疼くような感覚に襲われることがあるためだ。ベルリンで知り合ったモスクヴィッチにも「自分のルーツを忘れてはいけない。日本人としての自分を見失うな。」と言われたことがある。一概には言えないが、彼らの国に対する想いは日本人のそれとは比べ物にならないほど強い。

ロシアの森について触れた時にも書いたが、ロシアの大地には人を引きつけて止まない何やら得体の知れない力が存在する気がしてならない。

映画に話を戻そう。
イタリアのトスカーナ地方、朝霧がけむる幻想的な風景のなかに男と女が到着するシーンから映画は幕を開ける。
男はモスクワから来た詩人アンドレイ・ゴルチャコフ。女は通訳のエウジェニア。
ふたりは、18世紀にイタリアを放浪し、故国に帰れば奴隷になると知りつつ帰国して自殺したロシアの音楽家パヴェル・サスノフスキーの足跡を追って旅をつづけてきたが、旅もすでに終りに近づいていた。

ここで実在の作曲家がモチーフとして起用されているのも偶然ではないのだろう。
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アルセニイ・タルコフスキーの詩集をエウジェニアがイタリア語で読んでいる場面がある。それを見た詩人がこう言う。
「詩は翻択できるものではない、すべての芸術も。」
どうすれば私達は理解しあえるのと問う彼女に、アンドレイは事もなげに答える。「国境をなくせばいい」と。

自分にとって一番身近にいる人物とも自分の苦しみを分かち合えないほど不器用な男が描かれている。この詩人の台詞は心にずしりと重かった。

このロシア人特有のノスタルジア、そしてその疎外性と親近感。
私の中で恐らく一生かかっても解けない謎である。

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by zaichik49 | 2008-02-29 22:40 | ロシア


ベルリン在住、ベルリナーによるモスクワ体験記も一段落。今後も気になるロシアや現在のベルリン生活の中で想うことをつらつら書いていこうと思います。


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2009年9月29日に長女を出産しました。タグの「妊娠」にて妊娠覚え書きをまとめてみましたので、また覗いて見てください。

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