カテゴリ:カルチャー( 10 )

フィルハーモニー


9月5日。久しぶりのフィルハーモニーの演目はベルリン音楽祭のプログラム内のマリス・ヤンソンス率いるアムステルダムのコンセルトヘボウによる以下の3曲である。

Alfred Schnittke
Ritual für Orchester
シュニトケ:大オーケストラのための「リチュアル」

Joseph Haydn
Symphonie Nr. 100 G-Dur Militär
ハイドン:交響曲第100番軍隊

Dmitri Schostakowitsch
Symphonie Nr. 10 e-Moll op.93
ショスタコーヴィチ:交響曲第10番

中でもショスタコービチの交響曲第10番に期待が高まる。旧ソビエト連邦内、ライトビアはリーガ出身のヤンソンス。ソ連時代の作曲家であるショスタコービチ、しかもスターリンのレクイエムと言われる交響曲第10番、そしてその第2楽章が音楽的肖像画である、と作曲家自身が述べているなど、ロシア人にしか分からない感情などが演奏に織り込まれるに違いない。

実際に演奏を聴いてみて、まずそのレベルの高さに驚かされた。
立体的とでも言おうか、とにかく臨場感がすごい。
映像のない映画のような感じである。

プログラムは一貫して軍隊やスターリンといった暗く重いテーマを扱っており、音色も決して明るいものではなかったのだが、オーケストラの疾走感や荒々しい行進曲、陰鬱な主題などショスタコーヴィチならではの予想出来ない進行に飽きる事がなかった。

この日のヤンソンス。3曲の演奏を終え、観客のスタンディングオベーションが続く中、2回のアンコールまでやってのけた。

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どうやら今回の音楽祭ではショスタコーヴィチがテーマになっているらしく、次の土曜日のサイモン・ラトル率いるベルリンフィルによる交響曲第4番も楽しみだ。

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by zaichik49 | 2009-09-08 20:02 | カルチャー

近所のカフェ3


三連休の最終日は恒例のカフェ巡りで。

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自宅から同じく徒歩10分ほどの場所にある昔の名残のあるベルリンらしいカフェ。
居間のような作りで値段も他のカフェと比べて随分リーズナブル。
ラテと巨大なケーキでたった3ユーロ。この辺りのカフェではラテだけで3ユーロを超える店もあることを考えるとかなりのお得感。

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天気が良いせいか、店の中はほぼ空っぽ。

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机も椅子も蚤の市からそのまま持って来たような古さ。
ちょっとホコリ臭いのは大目に見よう。
選曲も見事にバラバラ。テクノかと思えば、クラシック、はたまたシャンソン。
何でもありなのだが、それが妙にノスタルジックな店内の雰囲気にしっくり来るのだから不思議だ。

ここでも子連れの母親がいる。ほとんど自宅にいるような感じに見える。

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結局、また3時間くらいゆっくりして帰宅。

次はどのカフェに行こうかな?

Weinerei
Veteranienstr. / Fehrberliner Str.
10119 Berlin

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by zaichik49 | 2009-05-04 04:31 | カルチャー

近所のカフェ2


前回に引き続きカフェネタで。

先週の日曜日には、家から歩いて10分ほどのところにあるカフェへ。
カスターニアン通りにあり、いつもカラフルなテーブルやイスが並べてあるので目には留まっていたものの、アイスクリーム屋さんだとばかり思っていた可愛いお店。

中に入ると、結構大きな音で乗りの良いロック調の音楽が流れている。
初めはちょっとボリュームが気になったのだが、あれよあれよと言う間に通りの席もお店の中の席も満席になる頃には音はすっかり気にならなくなった。

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それにしても、このお店は子連れのお客さんが多い。
外では子供が仲良く並んで、母親と一緒にアイスクリームを食べているし、お店の中でも小さな女の子とその両親がケーキやお茶を飲んでいる姿が微笑ましい。

テイクアウトをして行く人たちも多く、ここのスィーツはかなり人気があるらしい。

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本当に最近よく思うのだけれど、プレンツラウワーベルクやミッテ地区は10年で随分、空気感が変化したように思う。来た当時に漂っていたどこかグレーでアンニュイな雰囲気はどこに行ってしまったんだ?と首を傾げたくなるくらい、街並みは明るく、住人の装いやタイプも変化したように思う。

一度、番組の撮影をした時に日本のディレクター氏も、ベビーバギーを押す母親と子供の多さにびっくりし、広場で遊んでいる子供たちを背景にそれを見守る両親の何人かにインタビューをしよう、と言い出したことがある。「何でもプレンツラウワーベルクは欧州で一番子沢山な地区とさえ言われているらしい」、という話をしたのがきっかけだった。そして、インタビューの中でなるほどと思わせたコメントがこちら。

「確かにこの辺りは子供が多いですね。僕が思うにそれは、以前この辺りは家賃が比較的安かったこともあり学生が多く住んでいたんですが、その世代が年を取り子供を持つようになったということじゃないかな?」

昔から住んでいる学生らが落ち着き、子供を産んで育てる年代になったというわけ。
東独時代にはグレーだった建物もほとんど姿を消し、街並みも本当に明るくなった。昔は占拠されたアパートが立ち並びパンクや反政府主義者や売れない芸術家の巣窟だった一角も、今ではその形跡はほとんど残っていない。

個人的には当時の言わば荒んだ、そして何でもありだった独特の空気も悪くはなかったが、言ってしまえば自分も街の変化と同じように変化したというか、今は今で悪くないなと最近は思うようになった。

と、話がカフェから横道にそれてしまったが今回のカフェはこちら:

Napoljonska
Katanienallee 43
10119 Berlin

このカフェにも結局3時間くらいいたのかな?
気付いたら、お店の人が閉店の後片付けをしていた。
どうやら夕方19時には閉まるお店らしい。

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by zaichik49 | 2009-04-29 17:21 | カルチャー

ベルリンのカフェ


今のアパートはベルリンのミッテ地区にあるが、徒歩圏内にカフェがいくつもある。
どちらかと言えば、決まった店にばかり足を運ぶタイプなので、最近はちょっと他のカフェにも足を伸ばすようにしている。

まずは、自宅から5分くらいのところにある小さなカフェ。

あいにくお店の入っている建物が工事中のため、オープンカフェのスペースが外にない状態で、中からの眺めも決して良いとは言えないが、一旦お店の中に入って白と赤のクッションが並べられたベンチに座っていると、こじんまりとしているせいか、長居していても落ち着けるカフェだ。

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ここでのお勧めは何と言ってもPiadina。ピアディーナはエミリアロマーニャ州を代表するパン生地のようなものにいろいろな具を挟んだ郷土料理。

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さて、そのピアディーナ、こちらでは目の前で生地を伸ばし、焼き上げてくれるのでできたてホカホカのものを食べることができる。中身の材料もイタリアのサラミやチーズなど豊富で、これがまた美味。
今回はシンプルなトマトとモッツァレラ、そしてルコラが入ったものにトライ。
癖になりそうな美味しさ。

家から歩いてすぐなので、ちょくちょく行くカフェになりそう。

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il Syndicato
Weinbergsweg 5
10119 Berlin

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by zaichik49 | 2009-04-29 00:23 | カルチャー

ロシアの大地とВий


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先日、机の脇に重ねてあった書類の山を探っていると、2004年6月にプリントアウトしていた紙が出て来た。

それはニコライ・ゴーゴリの「Вий(=Vij/ヴィイ)」が気になって調べたものだった。
きっかけはいつものように友人の一言。
「『ヴィイ』は最高のホラームービーだよ!」と教えてくれたのは、ベルリンに住んでいるリトアニアの友人ダリウスだった。彼は映像や音にとても敏感なタイプで、会う度に気になっている映像や音について色々教えてくれた。そしてそのお薦めのホラー映画とやらをオリジナル版で見せてもらったのだ。何となくあらすじは掴めたものの、分からない部分もあったためもっと色々知りたくなったわけだ。

百聞は一見にしかず、ということでまずは映画のクライマックスとも言えるこちらのリンクをご覧あれ。

ロシア語が分からなくても映像だけで十分怖い、というより笑えるのではないかと思う。
嗅ぎタバコのくしゃみでパチっと目を見開く美女の死体やその彼女が棺桶に乗ってグルグル飛び回るところ、カタカタ歯を鳴らして笑う骸骨などなど何ともユーモラスで味がある。

実は初めてこの映画を見た時には肝心のВий(=Vij/ヴィイ)が何を指すのか良く分からなかった。ダリウス曰く、この映画はソビエト時代に「鼻」や「外套」などで知られるゴーゴリの原作「ヴィイ」をベースに作られたというので、映画を見せてもらった後に早速調べてみた。

引用も含め、以下にざっとあらすじを書いてみよう。

舞台は小ロシア(=ウクライナ)。ホマーという神学生は夏休みの帰省の途上、老婆の魔女に襲われるが、悪魔祓いの呪文でこれを撃退。逆に散々に老婆を打ち据えると、いつの間にか老婆は美女にその姿を変えていた。
息も絶え絶えの美女を後に彼は学校に一目散で逃げ帰ったが、ある金持ちに呼ばれ、死んだ娘に三晩の祈祷を依頼される。何とその娘はホマーが先日打ち据えた魔女であった。
最初の晩にホマーが祈りを捧げていると、死んだはずの娘が起き上がり、彼に向かって来た。
ホマーが自分の周りにチョークで円を書き、悪魔祓いの呪文を唱えると、死体は円の内側を見ることも、その中に入ることも出来ない。初日の晩は何とか切り抜ける。次の晩に魔女は仲間の魔物を呼んだが、同じようにしてやり過ごす。三日目の晩には魔女と多くの魔物たちがホマーの描いた円の周りに集まってくるが、彼を見つけることが出来ない。

「ヴィイを連れて来い!ヴィイを迎えに行け!」死人の声が響き渡った。(中略)間もなく重い足音が聞こえてきて、教会中に響き渡った。ちらと横目で見ると、なにやらずんぐりとして、頑丈な、足が内側に曲がった人間が連れて来られるところだった。全身真っ黒な土にまみれている。筋張った、頑丈な木の根さながらの、土のこびりついた手足が目についた。絶えずつまずきながら、重い足取りで歩んでくる。ながあーい瞼が地面まで伸びていた。その顔が鉄であることに気づいて、ホマーはぎょっとした。化物は両脇を抱えて連れてこられ、ホマーの立っている場所のすぐ真ん前に立った。
「おれの瞼をあげてくれ。見えない!」とヴィイが地下に籠るような声で言った。魔物どもが一斉に駆け寄って、瞼をあげようとした。《見るんじゃない!》——となにやら内心の声が哲学級生にささやいた。が、我慢できなくなって、見た。
「ここにいる!」とヴィイが叫んで、鉄の指をホマーに向けた。そこにいた限りの魔物がホマーに飛びかかった。彼は息絶えてどうと床に倒れ、恐怖のあまり魂は即座に身体から抜け出してしまった。

ゴーゴリ「ヴィイ」小平武訳より


なんとこのヴィイ、ブイイとして水木しげるの「鬼太郎」第98話にも登場しているらしい。こちらも機会があれば見てみたいものである。

革命前のロシアには至るところに精霊、あるいは妖精、妖怪が住んでいたらしい。家に住みつく霊『ドモヴォーイ』をはじめ、精霊に関する寓話として『水の精ヴォジャノーイ』、『森の精レーシー』、『水と森の精ルサールカ』なども存在した。ロシアの森はそういった意味でも日本の森と少しばかり似た空気を持っているような気がする。何かが住んでいるような鬱蒼とした感じとでも言おうか。これがドイツの森では不思議とほとんど感じないのである。几帳面なドイツ人らしく、森にまで手が隅々まで加えられ整然としているため妖精や妖怪の居場所が無さげ、とでも言おうか。少し話が脱線したが、至るところに精霊の類いが住んでいるような土壌からヴィイが生まれたとしても何ら不思議ではない。

このヴィイ、妖怪ではあるがどちらかというと「賢者」的地位を持たされているようである。
見えない目で見るというか、他の者には見えないものを見通す力がある、という点で。

このヴィイ、興味のある方はこちらのリンクも是非ご覧いただきたい。

ヴィイ 001
ヴィイ 002
ヴィイ 003

ちなみに邦題は「妖婆 死棺の呪い」あるいは「魔女伝説ヴィー」。
死棺の呪いとはこれまた大した訳である・・・

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DVDも出ているようなので是非・笑

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by zaichik49 | 2009-01-09 05:33 | カルチャー

オネーギン


もうかれこれ2ヶ月ほど前になるが、ベルリンのウンター・デン・リンデンにある国立歌劇場で久しぶりに観た《オネーギン》について書いてみようと思う。

音楽監督ダニエル・バレンボイム(Daniel Barenboim)、メキシコ人のスターテノール歌手のローランド・ヴィラツォン(Roland Villazón)のコンビによるプレミア公演が9月27日に行われたこのピース。アヒム・フライヤー(Achim Freyer)の斬新な演出のためメディアや観客の反応も賛否両論だということは観る前から耳にしていたので実はかなり迷った。直前だったため、残席が少なくしかもかなり値が張ったためである。

それでも百聞は一見にしかず。先日の小澤征爾さんとのウィーンロケでも話題に上った《オネーギン》を改めて観ておきたいという気持ちもあったので、今回は思い切って投資することに(とは言え、日本で観るよりは遥かに手頃な価格帯ではある)。

当日、残念ながらヴィラツォンが風邪のためレンスキー役は代役を立てる事になった。
ヴィラツォンは舞台には立ったが、あくまで動きのみで彼の声が聞けなかったのは非常に残念だった。後で知った事だが、このメキシコ出身のテノール歌手は去年同じくバレンボイムの指揮でアンナ・ネトレプコとマセネの《マノン》で共演を果たした後、スランプに陥り一時舞台から退いていたという。このプレミアは彼にとっては復帰を飾る作品でもあったわけだ。

彼の事は些か残念ではあるが、賛否両論と聞いていたフライヤーの演出はいかほどだろうか。
*フライヤーアンサンブルについてはこちらをご参照のこと

まず驚いたのは、3時間程の上演を通して歌い手も含めた登場人物がパントマイムのような細かな動きを始終強いられていたことである。しかも、全員が道化のような白塗りの化粧で登場したのである。衣装も極めてシンプルなもので、基本的な「白」を中心に決闘の際の立会人が「黒と赤」であったり、タチアナにフランス語で歌を捧げる役に「黄色」を着せたりという具合だ。

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シンプルな演出と美術、照明がうまく生かされた構成となっており、曲や感情が高まるシーンで役者が椅子をクルクル回したり、ハロウィンのような舞踏場面や決闘が決まった瞬間に音楽に合わせ椅子が一斉に空中に引き上げられるシーンなども斬新かつ美しい。

決闘でレンスキーが倒れる場面は赤の照明のみで表現され、死が訪れる際には床の布を引き上げ、下から黒の光沢のあるシートが順に現れ、同時に背景にも黒の布が現れる展開という減り張りの利いたものだった。タチアナが結婚したグレーミン公爵のソロの場面では蛍光のグリーンやパープルの照明が使われていたのも印象的だった。

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全体を通して、通常のオペラで見られるゴテゴテ感というものが一切見られない演出となっていたが、この押さえた演出を支えていたのが素晴らしい演奏である。

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また、馴染みのレンスキーのソロ(「クダー、クダー」 から始まる)も聞く度にロシア語の持つ響きに圧倒されるとても好きなパートだ。

*ヴィラツォンのレンスキーパートの練習風景の映像はこちら
彼がロシア語の発音習得に励んでいる様子も含まれており興味深い。

気になった点はタチアナのソロがオネーギンに比べ、圧倒的に声量が大きかった事。これによって男性陣の声が少々弱く感じた。レンスキー役の役者が代理を立てたのが原因なのだろうか?代理を務めたセルゲイ・コーモフはその穴を十分埋めてはいたように思ったのではあるが。

以下、9月24日付け「ベルリナーモルゲンポスト」より一部抜粋したものを参考までに挙げておこう。

ヴィラツォンはアヒム・フライヤーの演出を「モダンな彫刻」と表現した。ヴィラツォンのミニマルな動きは他の登場人物と同様、厳しいルールの上に乗っ取ったループのようなものとなっている。通常であれば自身の身体を直接使って演じるヴィラツォンのような者にとっては例のない状況と言える。「これは3時間のとても困難な仕事です。公演が終わると全身が痛みます。しかし、芸術のために苦行を強いられることは良しとしますが。ゲネプロの途中で突然、催眠にかかった様になりました。」
オネーギン役のロマン・トレケルは監督の悪夢のような冷たいオペラのビジョンについてこう説明する。「我々はマトリックスの中に存在するのだと思います。温もりのない運命に監視され、その上暴力を受けるのです。恐らく現実でも入れ物のようなところに入れられ、ひもで繋がれているのかもしれません。」
ダニエル・バレンボイムはフライヤーによる情け容赦のないロジックと冷たく厳しい演出に感銘を受けている。「全く反対の立場ではありません。チャイコフスキーは大げさなセンチメンタリストの作曲家として捉えられがちですが、それは誤解です。私も若かった頃はやはりそのような考えでした。ムラヴィンスキーに出会うまでは、です。彼からチャイコフスキーの音楽は多くの冷たさを持っているということを学んだのです。ですから、私はアヒム・フライヤーの演出した世界を理解できるのです。」


最後にもうひとつ。国立歌劇場の観客は年配の方が多かったのであるが、隣に座っていたドイツ人の老夫婦が心配そうにこう尋ねてこられた。「すみません。あなたはドイツ語が分かりますか?今日のオペラはロシア語ですし、字幕はドイツ語なので。」彼らは私がオペラの内容を理解出来ないのではないかと心配されていたようなのである。「ドイツ語は分かるので大丈夫です。ロシア語も少しは・・・」と言ったら「そうですか、それなら問題ありませんね。」と笑顔で納得されていた。こういうところが何だか律儀でとても良いな、と思う。

写真はベルリン国立歌劇場HPより

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by zaichik49 | 2008-12-23 01:51 | カルチャー

ヴィクトル・ペレーヴィン


前回のアクーニン(グレゴーリイ・チハルチシヴィリ)に続き、現在のロシアで話題になっている作家と言えば、モスクワ生まれ、モスクワ在住のヴィクトル・ペレーヴィンではないだろうか。

「ペレーヴィンも読んでみた方が良いよ!」と三島由紀夫や村上春樹、川端康成などをがっつり読み込んでいるモスクヴィッチに勧められたのはいいが、ロシア語で読んでもさっぱり分からぬ、ぬぬぬ。

中でもタイトルからして気になったのが「чапаев и пустота(チェパーエフと空虚)」であるが、これまたロシア語ではすぐ挫折し、ベルリンでドイツ語訳も手に入れたがこれまた難解で挫折。頼みの綱は和訳のみという有様。

言語のせいだけではなく、難解なのが彼の特徴なのではないか、とさすがにここまで挫折して思う様になってきた。コンピューター上で繰り広げられるチャット形式のものや、ゲームの世界を舞台にした話など小説の手法だけでも風変わりなものが多い。「チャパーエフと空虚」に登場するチャパーエフの場合も実在した歴史上の人物チャパーエフにダブらせていたりもするそうなので、その辺のことにも精通していないと読み解けない仕組みになっているのではないだろうか。モスクヴィッチたちに言わせると、日本の精神性みたいなものも出て来るんだそうだ。和訳に是非とも期待したいところだ。

このペレーヴィン、ペレストロイカ後の1989年にロシアで起こった文学潮流「ターボ・リアリズム」の旗手として活躍しているそうだが、この流れはゴーゴリやカフカ、ブルガーコフらの系譜を受け継ぐとともに、ストガルツキー兄弟をはじめとするソ連SF小説の影響を強く受けて展開されている文学運動だというから面白い。ストガルツキー兄弟と言えば、タルコフスキーの映画「ストーカー」の原作者として有名であるので、彼らの著作にも近々トライしてみたいと思っている。

ペレーヴィンのサイトはこちらから。10月8日以降、残念ながらテキスト(一部音声ファイル付き)が掲載されなくなってしまった。音声ファイルを利用してロシア語を久しぶりに聞きたいと思っていた矢先だっただけに、非常に残念である。「購入」の欄には自作の書籍に混じり、村上春樹の「Охота на овец(羊をめぐる冒険)」も『現代の日本で最も常軌を逸した小説家による』と紹介されている。

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この恐らく偏屈であろうと思われる小説家だが、メディアに露出するのを嫌っているらしく、写真のほとんどはサングラスをかけたものなんだそうだ。

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*掲載写真はペレーヴィンのサイトhttp://pelevin.nov.ru/から。

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by zaichik49 | 2008-10-16 05:22 | カルチャー

ヨーロッパかアジアか


モスクワに冬将軍がやってくると、外は半端でない寒さに襲われる。
零下25度くらいまで平気で寒くなる。
そうなるともう寒いというより痛いという感覚の方が近い。

初めてモスクワを訪問したのも冬だった。
95年のモスクワにはカフェなどどこを探しても見つからず、凍えた時に暖を取る場所は専ら地下深くにあるメトロだったのを覚えている。

そんな冬の最中に寒さでかちかちに凍結したトベルスカヤ通りを皆で歩いていた時に(アリョーシャは例の如くそんな中、なぜか自転車に乗っていたのだが)撮ってもらった写真がこれである。

「マナナとマリコ!一緒に写真撮るからちょっと待って!」

「ほらほら、さすがアジア同士だけあるよ、何かが似てる!」

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マナナは確かウズベキスタン出身だったはずだが、モスクヴィッチからすると、そこはもうモスクワのヨーロッパ圏ではなく、アジア圏なのであろう。
言われてみると、確かに彼女には何か親近感のようなものを感じる。

そこで、その後みんなで遊びに行ったクラブ(確か友人がDJをやってたんだと思う)で、お決まりの質問にこう答えてみた。

「どこから来たの?」
「ウズベキスタンだよ。」
「あ、そうなんだ。」

こんな風にそのまま見事にスルーしたのである。

「冗談だって。日本だよ。」
「えーっ、そうなんだ?本当?」

本当です。

そんなこんなで、ロシアで出身をごまかした方が都合が良い時はウズベキスタン人になることにした。ロシアには外国人料金というものが存在し、列車代や美術館の入場料が天と地の差ほど開きがあるからだ。

ロシアほど広大な国になると、文化圏まで違ってくるからすごい。ソビエト連邦が崩壊して次々に独立国家が生まれることになったのも至極当然のことなんだろうと思う。


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by zaichik49 | 2008-08-03 07:36 | カルチャー

アクーニンと悪人


モスクワの友人に「彼のロシア語はとてもきれいだから読んだ方がいいよ。」と勧められたのが「アザゼル」だった。

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よくよく聞いてみると、どうやら著者はモスクワで日本文学を専攻し、日本にも留学した事のある日本通で、旧ソ連時代にはタブーとされた三島由紀夫の諸作品をロシア語に翻訳し、すぐれた解説とともに紹介した人物だそうだ。モスクワの友人たちのほとんどが彼の翻訳で三島を読んでいたし、安部公房や村上春樹などもよく話題に上った。

「アザゼル」は初版が98年、手に取ったのは2000年のことだ。
さすがに全部を通して読み切るだけのロシア語能力がなかったので、ベルリンに帰ってからドイツ語訳を、そして何と日本でも偶然ロシア語訳を見つけ即決で購入してしまったため、今では3冊もの「アザゼル」が本棚に並んでいる。厳密に言うと、ドイツ語のタイトルは「ファンドーリン」で、日本語では「堕ちた天使ーアザゼル」となっている。

さて、この「アザゼル」、発売と同時にロシアでベストセラーとなり空前の大ブームを巻き起こした。なぜか?

「アザゼル」に続く「エラスト・ファンドーリンの冒険」シリーズの作品が評価を得た理由としては、これまでロシアでは低いジャンルと見なされてきた推理小説のイメージを一新する、つまりは推理小説の手法は取り入れながらも文学的水準を中間の位置に保つという戦略的な作者の態度にある。

また、舞台が19世紀後半のロシアであることから、「古き良きロシア」へのノスタルジーを彷彿とさせるに違いない。ロシアのシャーロックホームズ、ファンドーリンが活躍する時代は、ドストエフスキーが「カラマーゾフの兄弟」を書いたロシア文学の爛熟期にあたる。原書の裏表紙に「文学が偉大で、進歩をどこまでも信じることができ、犯罪がエレガントで趣味よくおこなわれたり発覚したりした19世紀の思い出に捧げる」とあるのも作者ボリス・アクーニンの意図をよく語っているように思われる。

ボリス・アクーニンとは実はペンネームで作者の本名はグリゴーリイ・チハルチシヴィリ。初版出版の頃はまだ作者が実際に誰であるのか明かされてはいなかった。彼はグルジア系だが、ロシア語を母国語とするモスクビッチ(モスクワっ子)だ。日本文学者であることは先に述べたが、『外国文学』という月刊文芸誌の編集長を長くつとめ、同誌の現代文学特集で村上春樹や遠藤周作らをロシアに紹介している。彼の著書に「自殺の文学史」という作家たちの自殺についてまとめられたものがあるが、これも三島や川端、といった日本の作家研究が影響しているはずだ。この本についてもいずれは触れようと思う。

実は「作家の自殺」というテーマで研究を進めていたころ、四六時中自殺について考えていたため、辛くなり推理小説を書こうと思い立ったらしい。そして全く別の自分になるために「アクーニン」というペンネームを思いついた。アクーニン=悪人とはさすがである。

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by zaichik49 | 2008-03-05 04:51 | カルチャー

チェブラーシカとの出会い


ブログのタイトルにもなっているチェブラーシカを知ったのもモスクワの友人からでした。どこで誰から最初に聞いたのかは、残念ながらはっきりとは覚えていませんが、アリョーシャのダーチェに遊びに行った時に撮ったこんな写真を見つけました。

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彼の父親が作った木製のピノキオにチェブラーシカの着ぐるみが着せてあったのです。

ロシア人なら誰もが知っているチェブラーシカ(Чебурашка, Cheburashka)は、
ロシアの児童文学家、エドゥアルド・ウスペンスキーの絵本に登場するキャラクター。 ロマン・カチャーノフ監督により人形アニメで映画化されました。

チェブラーシカは猿でもなく、熊でもない耳の大きな正体不明の小さな動物なのですが、正体が分からないために動物園から入園を断られたりもします。自分がどこに属するのか、何者なのかが分からないためアイデンティティーを求めるチェブラーシカ。そして孤独なワニのゲーナと出会うことで、ふたりは親友になります。

ワンシーンはこちらから

とにかく初めて見た時に、これはすごい!と。
ワニのゲーナの歌やチェブラーシカ、シャパクリャクという悪い事をしなければ有名になれないと思っている意地悪婆さんのキャラクター、セットの手作り感。とても懐かしい気持ちでいっぱいにさせられたのです。

ロシアにいると不思議なことに、このようなノスタルジーな感覚に襲われることが多々あります。何かが日本と通じているのか、それとも西側のシステムで育った我々が失ったものへの郷愁がそのような感情を生み出すのか。いまだに分かりません。

今まで余り気にする事のなかった「チェブラーシカ」の名前について。

オレンジと一緒に箱詰めにされて出荷された後、
箱の中のオレンジを食べすぎたチェブラーシカは、
すっかり太ってしまい、箱が窮屈だったため手足がしびれ、
そのせいで絶えずぱったり倒れるので、果物屋のおじさんに
チェブラーシカ「ぱったりたおれ屋さん」と名づけられたとか。

ブログのタイトルは直訳すると「ばったり倒れ屋さんなロシア」ということになりますね。ノスタルジーなロシア、正体不明のロシアという意味合いで付けてみました。ある意味、私もモスクワで「チェブラーシカ」に出会ったわけです。

このブログもまだ始めたばかりなのですが、ゆっくりと書き続けて行ければと思っています。

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by zaichik49 | 2008-02-01 06:33 | カルチャー


ベルリン在住、ベルリナーによるモスクワ体験記も一段落。今後も気になるロシアや現在のベルリン生活の中で想うことをつらつら書いていこうと思います。


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チェブラーシカなロシア?

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