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まだまだ冬


今週は積もった雪が解けるほどの陽気(!?)で零度や2℃といった比較的過ごし易い日が続いている。

あー、春が待ち遠しい。

それはそうと、近所の公園では週末になるとこんな光景が。

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これ、是非やってみたい。

今年は例年に比べると積雪量も半端ではなく、そり遊びに興じることができるわけだが、今週に入って寒さが日中弛み、夜間に冷え込むため道の状態はかなり悪い。

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バギーを押しながらでないと、かえって転びそうなほど凍結している。
そんな中、おむつと母乳パッドが切れそうだったので買い物へ。

帰りにいつもの道で空を見上げると飛行機雲。

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前方には教会が見える。

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何の変哲もないごく普通の一日。
空をもう一度見上げると、すでに飛行機雲は消えかかっていた。

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「後1ヶ月ほどで日本だなぁ。」と。何となくそんなことを思いながら帰途へつく。

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道は相変わらずぬかるんでいる。
バギーを覗き込むとおっぱい星人がスヤスヤ気持ち良さそうに眠っていた。

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by zaichik49 | 2010-02-04 22:48 | 日常


9月5日。

少し前になるが、狐の嫁入りのような雨がシトシト降っていたので
外を見ると虹が出ていた。

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向かいのアパートの上空にうっすらと二重に見える。

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時間が経つとその色合いに深みが増した。
虹を見ると何となく幸せな気分になるのはなぜだろう?

あれだけくっきり出ていた虹もあっと言う間にその姿を消していた。

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by zaichik49 | 2009-09-15 00:05 | 日常

モノクロが似合う街


旧東ベルリンがまだ灰色だった頃、モノクロで撮った写真がいくつかある。

これらの写真も間違いなく2000年以前に撮影したものだと思うが、あの頃は本当に旧東側の建物はグレーのままで、雰囲気も寒々しかったのを覚えている。

東独にしかない構造物に妙に惹かれたのもその頃だった。

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意味もなくただただながーい高台(?)と照明たち。

今でも旧東側でたまに目にすることがある。

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by zaichik49 | 2009-09-11 23:47 | ベルリン

1995年と2009年 〜その2〜


前回の続きでベルリンの今と昔の比較になりますが、97年に撮影したものではなく、もしかすると母が初めてベルリンに来た95年の写真である可能性が高くなってきました。
ですので、前回の分も含めタイトルを1995年に改めました。

今日は澄んだ空気が感じられる秋めいたすがすがしい朝。

午前中に近所の散歩へ行こう、ということでまずアレキサンダー広場へ向かい、まだ余り人気のないミッテ地区をぶらぶらし、ランチのためにLindnerでお惣菜を購入してから1時間半程で自宅へ戻って来ました。Lindnerのパンやバター、お惣菜はかなり美味。

平日の午前中にこんな風に近所をぶらぶらするのはとても気持ちが良いものなんですね。
仕事がある時はなかなか出来ない贅沢だな、と母と一緒に「風が気持ち良いね〜。」と言いながらぶらぶら歩いていました。

さて、こちらが昔のアレキサンダー広場の様子。

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1995年

今、愛用しているのがRICOHのGRIIなので、かなり広角になっていますが、Kaufhofが改装されて随分印象が変わりました。建物が修復されたおかげで全体的に明るくはなっていますが、それ以外はほとんど変わっていないようです。

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2009年

そしてアレキサンダー広場駅。

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1995年

当時はまだ線路の修復をしていたようです。
今では勿論、線路の修復は終わっていますが、情けない事にSバーンの事情で主要路線のサービスが部分的に凍結している模様。この辺りがベルリンは田舎だな、と思わせる要因でもあります。車両の安全点検のためだそうですが、一体この状態がいつまで続くのやら。市内なのにほぼ20分に1本の間隔でしか列車が来ません。壁20周年記念でベルリンを訪れる観光客も多いというのに全く困ったものです。

話が若干逸れてしまいました。逆光気味で分かりにくいかもしれませんが、よく見ると現在の写真では新しく延長されたトラムの電線を見る事ができます。

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2009年

全体的にすっきりとして近代的になっているのが分かります。

ベルリンに来たばかりの頃に余り写真を撮っていないのが残念でなりませんが、数枚の古い写真を比較するだけでもどれほどこの街が変わってきたのかということに気付かされます。

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by zaichik49 | 2009-09-11 21:14 | 日常

1995年と2009年 〜その1〜


今、母親が12年振りにベルリンに来ています。
当時と比べるとベルリンも随分、様変わりしました。

例えばこんな風に。

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1995年のブランデンブルク門
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2009年のブランデンブルク門

写真は母が初めてベルリンに来た95年のもの。2回目の渡独が97年でした。
母親は一言こう言いました。
「変に垢抜けてベルリンらしくなくなった気がする。建物が建ち過ぎてて昔の方が良かったわー。」

確かに当時はブランデンブルク門の左右にはまだ何にも建設されておらず、門の下を車が走っていました。
ツーリストの数も少なく、何となくひっそりとした雰囲気があります。

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1995年
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2009年

ブランデンブルク門そのものも、お化粧直しされて白くなっているのが分かります。
つい最近にはU55番線の「ブランデンブルク門」駅も開通したばかりです。

当時は性能の良いカメラも持っておらず、写真も熱心に撮っていなかったようなので余り比較出来る写真が残っていないのですが、こうして数枚の写真を比べて見るだけでもどれだけベルリンが変化してきたかということに気付かされます。

こちらはアレクサンダー広場のデパートKaufhof。

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1995年
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2009年

東独時代のデザインが一新されました。今は、どこにでもあるようなシンプルなデパートに。昔のデザインもユニークだったので嫌いではありませんでしたが、周りの建物は灰色でかなり暗い印象を与えていた様に思います。

やはりこの10年で街はかなり近代的になり、その表情も明るくなりました。
今年は壁崩壊20周年を迎えます。
これからもベルリンは変化を遂げる事でしょう。

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by zaichik49 | 2009-09-02 03:09 | ベルリン

ロシアの冬


前回の「長い嘆き」と呼ばれた陸橋の写真に続き、部屋の整理中に出て来た写真がこちら。

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「ロシアでの年越し」と題して、ロシアのプスコフでの年越しについて以前書いたことがあるのだが、その時に撮影した写真である。

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あの時は本当に何の変哲もない自然が恐ろしいほど美しく神秘的にさえ見えたものだった。
ロシアは本当に冬が良く似合う。

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by zaichik49 | 2009-08-29 04:16 | ロシア

「長い嘆き」と呼ばれる陸橋


ここのところ、まとまった時間が出来たのでようやく自宅の机周りやロケ関連の書類、そして写真の整理をしていたのだが、その際に何枚か気になる写真が出て来た。

例えばこちら。

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初めて見た時は「どうしてこんなに長い陸橋がこんなところに?」とかなり不思議に思ったものである。
実はこの陸橋、SバーンのStorkower Strasseという駅のホームとその出入り口を繋いでいたものなのだ。それにしても延々と長く、先が見えない。この駅が仮に最寄りの駅だとしたら、帰りが遅くなった時はどうするんだろう?と考えざるを得ないような寂れ方である。

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写真を撮った当時、橋の左右はだだっ広い空き地になっていたが、ここには昔、屠殺場があったらしい。Storkower Strasseという駅名は1970年半ばまではZentralviehhof(中央家畜収容場)という名前だった。そのZentralvieh- und Schlachthof(中央家畜収容場及び屠殺場)がこの場所に作られたのが1881年のことだ。

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©Maximilian Dörrbecker

なぜこのような長い陸橋が作られたのかというと、歩行者が近くの住宅地(見取り図の下方にあるEldenaer Strasse沿い)に辿り着くために危険でないとは言えない屠殺場を横切る必要があったためだ。陸橋から屠殺場が見えない様に外が見えないガラスが取り付けられた。「都心に住む未成年者に良くない影響を与えかねないため。」というのが1936年当時の架橋省のコメントである。この陸橋、1977年には最長505mにまで延長され、ヨーロッパ最長の陸橋になったのだそうだ。

東独時代にもここは精肉工場として重要な役割を担っていたようだ。
壁崩壊後には私有化されたが、1991年には閉鎖。数年間、工業休閑地として放置されていた。
2000年夏のオリンピック開催の際にはメディア村として蘇らせる計画もあったが、シドニーが開催権利を勝ち取ったため、計画は実現されなかった。計画の一環で1999年に敷地の北側に建設されたのが、現在Landsburger Alleeにある多目的ホールVelodromである。

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あいにく、これらの写真を撮ったのがいつだったか記憶にないのだが、2000年より前なのは間違いないと思う。現在はこの長い陸橋も一部を残しただけで、修復されている。
余り利用しない路線なので自分で撮った写真がないのが残念だが、Wikipediaより以下の2枚の写真を参考のため拝借したいと思う(2006年に撮影されたもの)。

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©Andreas Steinhoff

ところで、この陸橋、東独時代にはその余りに荒れ果てた状態から人々の間で「長い嘆き」、「長い不幸」などと呼ばれていたそうだ。

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by zaichik49 | 2009-08-27 18:46 | ベルリン

 「未完の論文」 / ボリス・ミハイロフ


ある雨の日曜日、特にすることもなく、アインシュタインというカフェに行った帰りに立ち寄った美術館のブックストアで、何度か目にしたことのあるウクライナのフォトグラファーの本が目に留まった。

それがボリス・ミハイロフの「未完の論文」(Unvollendete Dissertation)である。
半額以下になっていたこともあり、迷わず購入。ハンブルガーバーンホーフのブックストアは古いカタログや書籍、写真集などを値下げして販売しているコーナーがあるのがうれしい。

さて、今まで何度か展覧会で観たこの人の写真はきれい、とか魅力的、というよりもどちらかと言うと現実的でグロテスクな印象が強かった。しかし、この写真集には何の変哲もない日常を切り取った肩の凝らない写真が多く、その質感もノスタルジーを覚えさせられるものだった。

裏表紙にはこうある。

BORIS MICHAILOW、1938年にウクライナの*ハルキウ(ハリコフ)で生まれる。1984年に「未完の論文」の構想に着手。ソビエト連邦がまだ存在し、誰もゴルバチョフやペレストロイカについて聞いたこともなかった時代だ。ミハイロフは自分の故郷であるハルキウで日常を写真に撮り、誰かが書き始め、そして書き終えなかった論文の裏に写真を貼り、その周りにテキストを書き落とした。テキストは哲学、文学、学術的なものから、彼が道や家でふと耳に挟んだものを引用したものと、彼自身の秘密めいたそしてユーモア溢れた人生や写真、そして世界そのものに対する考えが結びつけられたものとなっている。


*ハルキウ(ハリコフ):キエフに次いでウクライナで2番目に大きな都市。ソビエト連邦においてもモスクワ、レニングラードに次ぐ第三の工業都市であった。

写真の質も論文の紙もソ連時代特有の古びたものだが、写真はどうやら自宅のトイレを暗室にして現像されたものらしく、その出来具合がまた何ともいえない味を出している。

こういうソ連時代の古びたかび臭さ、というものはなかなか西側ではお目にかかれない貴重なものである。
モスクワで95年に見たマッチ箱ひとつ取っても、質の悪い厚紙にこれまたインクの滲んだようなプリントが何とも言えない良さを出していて、何だかうれしくなったのを覚えている。西側のつるっとした感じがなく、ゴワゴワしていて完璧ではないところに惹かれてしまうのだから不思議なものだ。

「未完の美」?

それはともかく、写真集の中から何枚かを紹介しよう。


Es gibt keine Sehnsucht.
憧れはない。
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Es gibt keine Sehnsucht
nach der Hauptstraße, 
mehr noch - 
es gibt keine Hauptstraße.
メインストリートに憧れはない。
さらに言うと、
メインストリートは存在しない。
-------------------------------------------------

"Das Schöne bei anderen"
um mich herum ist nicht mehr neu,
dem etwas entgegenzusetzen,
ist noch langweiliger geworden.
「他人の芝は青い。」
私の周りには新しいものがない、
それに抵抗するのはもっと退屈になった。

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Und die Straßen sehen immer
öfter wie Kompositionen aus, die
keinelei Sinn haben.
そして道はかなり頻繁に
何の意味合いも持たない
コンポジションに見える。

-------------------------------------------------

Событие - "So-bytie" - "Mit-Sein"
出来事と存在の関係についてのテキスト

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今日も雨だったが、何をしてもうまくいかないというより
集中できない不甲斐ない一日であった。

トホホ。

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by zaichik49 | 2009-06-08 04:14 | アート

雪の日の静けさ


今日は仕事始め。
朝7時過ぎに起きると、外はまだ真っ暗。
心無しかいつもより静かな朝。

窓を開けて通りを見ると雪が積もっていた。

(うわぁ、風邪ひきさんにとっては寒すぎるなぁ。)

トースト2枚とコーヒーで朝食を済まし、ランチにパスタなど詰めて外へ。
ギシギシ。雪を踏みしめてトラムの駅へ。
余り急ぐとスッテンコロリンだな、とソロソロ歩く。

キリっとした空気の中、寝ぼけ眼で歩いているといい感じに目が覚めてくるのが分かる。
思ったより寒さも気にならない。
良かった。

トラムを待ちながらシャッターを切ってみる。
うーん、とても寒そうだ。

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そうこうするうちにトラムも到着。いつもより静かに走るトラムが心地よい。
雪が積もると音が吸収されて、いつも静かな街がさらに静かになる。

トラムからSバーンに乗り、地上に出るとそこはポツダム広場。
ベルリンのオフィス街?
でも、東京に比べると見事に人がいない。これで9時前。

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仕事始めの今日は予想に反してバタバタした1日だった。
ワンクッションもなしに日常に放り込まれた感じ。
でも、それも悪くない。

あっと言う間に日が暮れる。
余りに空がきれいだったので事務所の窓からシャッターを切る。

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どうやら今日のベルリン、零下20度まで下がるらしい・・・

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by zaichik49 | 2009-01-06 05:20 | 日常

元日の散歩から


明けましておめでとうございます。

大晦日から元日にかけ、相棒のお姉さんとその9歳の息子がハンブルクから遊びに来た。
風邪を引いてはいたものの、「赤い市庁舎に行きたい!」という子供のリクエストに答え、薄ら雪の積もる曇り空の中、皆でてくてくアレキサンダー広場に向かって歩く事になった。

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相棒とお姉さんは西ベルリン生まれのベルリナー(ベルリンっ子)。ふたりは市庁舎を目の前にしてこんな話を交わしていた。「ほら、あのこと覚えてる?DDR(ドイツ民主共和国、旧東ドイツ:Deutsche Demokratische Republikの略)に来て食べたあの角の辺りにあったインビスのソーセージ。まずかったね、あれは!あの改装された辺りの建物もなんにもなくて随分ひどかったし。」

こんな話を聞いていると、壁崩壊からたった20年しか経っていないのだから、ベルリンという街が他の州都に比べて貧乏で、未だに日本からの直通便もなく経済的に魅力ある街になり得ないのも仕方ないのかも、と改めて納得してしまう。

市庁舎から次の目的地のハンブルガーバーンホーフへ行くため、シュプレー川沿いに向かうとこんな光景が飛び込んで来た。

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「あれ?なくなったよね、共和国宮殿。」
「共和国宮殿って何?」と息子。
「DDR時代のかなり重要な建物で文化イベントが行われたホールなんかが入ってたところだよ。」
「何で壊したの?」
「アスベストのせい。身体に悪いから。でも、壊すまで随分色んな議論があったんだ。もっと昔にはベルリン宮殿があったところなんだけど、DDR政府が取り壊しちゃったんだ。」
「ふ−ん。」

ハンブルク生まれの9歳の息子にとってはDDRと聞いてもなかなかピンと来ないんだろう。壁崩壊後に生まれた世代にとって、DDRはすでに過去の歴史的産物に過ぎない。

ベルリンに来た時から周囲の建物にとけ込まず幾分目障りだった建物が、跡形もなくその姿を消しているのを目にすると、ちょっとセンチメンタルな気分になった。こうしてどんどん東ドイツの名残がベルリンから消え続けていくのを今までに何度も見て来たからだ。

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上の写真を撮った時には見えていなかったが、後で見てみるとこんな落書きがあることに気付いた。「DDRは存在しなかった。」東ベルリンの人たちは、DDRの象徴的建物が取り壊されたことをどのように感じるものなのだろう?

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また、ベルリンの一等地にだだっ広い空き地が出来た。

ここはベルリン美術館島の一連としてベルリン宮殿を象った文化施設の建設が計画されているそうだが、資金繰りに手間取っているとかで、実際に着工開始に漕ぎ着けられるのはいつのことやら。空間とアイデアはたくさんあるが、実行になかなか移されないところが何ともベルリンらしいし、そんなベルリンが好きなのである。

他にもいくつか取り壊し最中の写真が見つかったので、懐かしむためにも載せておこう。
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Dec.2007
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Sep.2008

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by zaichik49 | 2009-01-04 06:28 | ベルリン


ベルリン在住、ベルリナーによるモスクワ体験記も一段落。今後も気になるロシアや現在のベルリン生活の中で想うことをつらつら書いていこうと思います。


by zaichik49

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2009年9月29日に長女を出産しました。タグの「妊娠」にて妊娠覚え書きをまとめてみましたので、また覗いて見てください。

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