滅びの都
毎回、日本に帰国する前に購入したい書籍をリストアップするようにしているが、去年11月に購入した本の中で一番印象に残ったのがこちらである。
滅びの都 (群像社ライブラリー)
アルカージイ・ストルガツキイ (著), ボリス・ ストルガツキイ (著), 佐藤 祥子 (翻訳)
全人民の幸福を実現する実験のため「都市」では国家を捨てた人間たちが世界中から集まり働いている。人工太陽が明滅する「都市」の内部では、労働する人間に進化するはずのサルの群れが暴れ、赤い館に入った住民の連続失踪事件が起こり、急進改革派はクーデタで起死回生をはかる—。ごみ収集員から大統領補佐官にのぼりつめたロシア人アンドレイと過去の文書を読みふけるユダヤ人カツマンの都市=地獄めぐりを軸に、全体主義のイメージを脳裏にきざみこむストルガツキイ兄弟最期の長編。
アマゾンのサイトでタルコフスキー→ストーカーの順でヒットしたのが上記のSF作品だった。
さて、このストルガツキイ兄弟であるが、二人組のSF作家で兄アルカージイは日本文学者、弟のボリスは天文学者でもある。1957年から兄弟合作の形でSF小説を発表し始めた。彼らの創作活動は<現代を把握するためのモデルづくり>であり、その鋭い社会的姿勢は、しばしばソビエト体制と衝突した。発禁になった著書も何冊かある。
ロシアの作家の作品には難解なものが多いが、この物語もその類に漏れずかなり複雑な内容になっている。幸い、日本語訳があり親切な解説付きということで、ある程度までは筋書きが追えたが、それにしても随分と込み入った話ではあった。それにも関わらず、久しぶりに一気に終わりまで読んでしまえたのが他の難解な本とは違うところだ。
1996年にボリス・ストルガツキイがサンクト・ペテルブルクにて記した、日本の読者に対するまえがきから一部を抜粋してみよう。この物語が描かれた時代背景が少しは伝わるのではないかと思う。
この小説が書かれたのは、実に気の遠くなるほど昔のことである! 小説に描かれた時代と人間たちも、作者の構想が生まれ、熟し、作品になった国ももはや何も残っていない。
われわれが作品の構想を練りはじめたのは1968年で、この小説がわれわれの存命中に発表されることがまずありえないことは最初から分かっていた。以下がわれわれの計画だった。書きあげ、3−4部タイプしてからそれをいろんな出版所と編集部に送るー出版するためではなく、人に読んでもらうためである。さらに、ああした状況下ではつねに「自己増殖」が起こるということを経験上、知っていたーコピーの枚数は幾何級数的に増え、読者の数が幾何級数的に増えていくと。
しかし、このささやかな計画が陽の目を見ないことは、すでに70年代初頭にはっきりした。この作品はわが国でたんに「通らない」だけではすまないことになった。危険ということになったのである。これを手放すわけにはいかなかった。勝手に泳がせたなら、編集部に渡るのでも出版所に渡るのでもなく、以前ワシーリイ・グロスマン*の小説に起きたように作品が差し押さえられる恐れがあったのだ。
(中略)
ロシアの読者も含め、現代の読者は、当時のわれわれの危惧をもはや理解できまい。今の読者は「通らない小説」が何のことかまったく分からないし、検閲が何なのかも知らない。ソヴィエト・コミュニズムとドイツ・ファシズムが驚くほど似ているというかつての反逆思想も、腹いっぱい食べられる社会イコール幸せな社会では決してないというかつて禁じられていた考えも、(中略)今の読者には常識になっている。
このまえがきの中で過去を振り返りながらも、ボリス・ストルガツキイはこの小説が現代の読者にとって切実な問題性を失っていないのではないか、と述べている。何のために生きるのか?われわれの世界はどこへ行くのか?そしてそれはどうなるべきか?またわれわれはどうなるべきか?日本の読者も同じような問題を立て、それになんらかのかたちで答えざるをえないのではないか、と。
SF作家にはいつも先見の明があるように思えてならない。
そして、いつの時代にも問題の核にあるのはこのように何か普遍的なものなのかもしれない。
*グロースマン(Vasilii Semyonovich Grossman, 1905-64)
作家。ウクライナの生まれ。モスクワ大学理数学部を卒業後、科学技師として働く。1934年に処女作「グリュカウフ」。同年発表の「ベルディチェフ市」でゴーリキーに認められる。戦後すぐに発表した戯曲「ピタゴラス派を信ずると」(1952)は厳しい批判を受け、未完の長篇「正義のために」(1952)は思想的誤謬を含んだ作品と攻撃された。
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by zaichik49
| 2009-04-20 02:02
| ロシア
ベルリン在住、ベルリナーによるモスクワ体験記も一段落。今後も気になるロシアや現在のベルリン生活の中で想うことをつらつら書いていこうと思います。
by zaichik49
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2009年9月29日に長女を出産しました。タグの「妊娠」にて妊娠覚え書きをまとめてみましたので、また覗いて見てください。
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